HOMEエスモードについて


1841年、現在のマヌカン(人台)、メジャーの原型、服作りのメソッドを作った
アレクシス・ラヴィーニュによって世界最初のファッション専門教育機関が設立されました。

モードは宇宙の営みのごとく、生まれては消え留まることなく、古代から現代に至り、未来へと流れてゆく。
人類は民族、文化、文明、芸術や科学、社会の影響を受けつつ、モードを実用的なモノから、技術や思考の進化と共に創造的で、より美しいモノを求めて進化発展させて来た。
これからもモードは時代を映す鏡のごとく、自然から科学へ、ベーシックからアヴァンギャルドへ、実用からコンセプチュアルへ、時計の振り子のように極から極へ、行きつ戻りつ、毎年、毎シーズン新しいコレクションが発表されることであろう。
今やモードはより美しいもの、より新しい概念の服の提案のみならず、新しいライフスタイルの提案、地球環境に優しいモノ作り、継続的に生産が可能なシステム、商品作りにあたり倫理観や道徳観を伴った活動、モノを超えたより広範で思想的な側面も社会から要求されている。
人類の日々の営みや労働の在り方が、地球環境の劣化を引き起こしている現況に対して、自ら解決策を提示できるような人材を育成する義務があることを深く感じている。
ESMODはこれら時代の要求に応えつつ、創設以来の教育目標であるプロフェッショナルの養成を目指し、創造性と独創性、確かな専門技術の修得を柱に教育を続けてゆく。


「エスモード」は、1841年、ナポレオン三世の宮廷服飾師であったアレクシス・ラヴィーニュにより、パリ・フォンテーヌ通り4番地に開業されたところからはじまりました。その年、世界で初めてマヌカン(人台)とメジャー(巻尺)を考案し、論理的な婦人服の平面裁断のメソッドを開発。当時見習いによる技術の習得方法しかなかった若いテーラーやクチュリエに対して、体系的な教育を行う第一歩となる教育本を出版しました。その後、娘アリス・ゲール=ラヴィーニュに受け継がれ、服飾文化活動の貢献に対して、母国フランスをはじめ、ヨーロッパ各国から金メダルが贈られました。そして、ベルト・ルコント・ゲール、ジャン・ルコント・ゲールへと受け継がれた「エスモード」は1976年、それまで行っていたオートクチュール中心の教育内容から、プレタポルテ・クリエイターの養成カリキュラムを導入。時代のニーズに応えるべく革新的なプロフェッショナル教育を実施し、ティエリー・ミュグレー、エリック・ベルジェール、フランク・ソルビエなど、世界的に有名なデザイナー、クリエイターを次々と世に送り出してきました。 1984年にフランス国外で初めて、現エスモードインターナショナル代表、仁野が設立した東京校を皮切りとし、エスモードのグローバル化がスタート。 現在のエスモードグループは、世界14ヵ国にネットワークが広がり、各国が独自の文化や時代背景を持っています。 毎年、グループ国際会議を行い、教育の成果を確認、改革しながら、それぞれのノウハウ、キャラクターをミックスして進歩し、エスモードの哲学が世界で受け継がれています。
2011年6月:パレ・ロワイヤル内ギャラリー・ジョイスでの『エスモード〜その肖像とアーカイブ』展開催。
2011年6月:『ル・トリアノン』劇場にて170周年コンクールファッションショー、その後引き続きパリ校2011年度卒業コレクションショー開催。
ショー当日は、カルラ・ブルーニ・サルコジ財団/フランス財団への寄付を目的としたチャリティー活動が行われ、モード界で活躍するクリエイターが手がけたカスタマイズバッグのオンライン販売が開催されます。
2011年7月:パリ市庁舎にてパリ市長によるメダルの授与。
※上記スケジュールは2011年4月現在の予定です。
創立170周年を迎えるエスモードは今年、「覚えていますか、あなたの未来を」をテーマに、多くの記念行事を開催します。
グループ校のある国を毎年1回、ホスト国として、世界のエスモードインターナショナルグループ校が集まって会議を開いています。
今年は6月にエスモード誕生の地であるフランス、パリで3日間開催。その間、パレ・ロワイヤルにある香港のセレクトショップ「ジョイス」のギャラリーで、エスモードの170年の歴史をまとめた記念書籍(書籍名「モードの大河」)の発刊記念パーティと、関連の写真展「エスモード170年の歴史」を開催。6月末にファッションショーを開催し、その後パリ市主催の記念祝賀パーティをパリ市庁舎にて行います。


エスモードは、世界で初めてメジャー(巻尺)を開発し、立体裁断用のマヌカン(人台)を発明した、ナポレオン三世の宮廷服飾師であったアレクシス・ラヴィーニュによってパリに創設された世界最初のファッションの専門教育機関です。

エスモード パリ校より、レディス・メンズ・子供服の製作メソッドが発刊されました。
そして、オートクチュールがパリに生まれました。

オートクチュールから、プレタポルテ、そして“クリエイター”の時代へ。
そんなとき、エスモードパリは海外からの留学生を受け入れ、「エスモード インターナショナル」へと生まれ変わり、インターナショナルネットワークが拡大していきました。

「マーケティング」があたらしいビジネスの手法として加わりました。ファッション業界でも、エスモードのグループ校として、ファッションビジネス教育学校ISEMが誕生したのです。

エスモードの初めての海外校として、エスモード ジャポン東京校開校。

エスモード ジャポン大阪校開校。
世界数カ国から留学生を受け入れ、また、毎年パリ校などグループ校に多くの留学生を送り出しています。
教師陣もフランスをはじめ、海外からも多数招聘され、海外経験豊かなベテラン揃いです。このインターナショナルな環境の中で、パリ校と同じ教育システムを用い、文化交流を通して様々な価値観を認識し、自己確立できるよう、学生ひとりひとりの個性と創造性を育てています。

エスモードは世界14カ国21校という世界最大のネットワークを
持つグループ校に発展し、毎年その学校数は増えてきています。