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GRADUATE - 卒業生のご紹介
内海 健治

内海 健治

2011年 留学科入学
2014年 パリ校卒業
現在、マルタン・マルジェラでスティリストとして働く。

◆ エスモードに入るきっかけを教えてください。
山梨学院大学卒業後、不動産関係の一般企業で区画整理事業に携わっていました。簡単に言うと、ある地域の街づくりの仕事なんですが、新入社員として雑務をこなしていました。働き出して2年ほど経った頃、このままでいいのかと急に考え始め、半ば諦めていたファッションの道に進むべく、24歳で会社を辞めて、エスモードのサマースクールに参加しました。
学校の規模感や雰囲気がとてもよく、先生とのコミュニケーションも取りやすそうだったので、すぐに入学を決めました。
◆ エスモードで得たこと、学んだことは?
最初の1年でデザイン、パターンの基礎的なことを学びました。特に印象に残っているのは、アイロンやハサミといった道具を大事に扱うことを教わったことです。 その後パリに留学しましたが、最初の衝撃は、学校の自由度が半端なかった。 自由ということは、すべて自分で決定し行動しなくてはならないので、まったくフランス語も話せなかった最初のうちは、どうしていいかわからず戸惑いました。
先生は、やり方の指示は出してくれるのですが、デザインに落とし込むまでの過程は、学生の自由に任されています。
はじめに出されたコンセプトが、どのような形になるのかを重要視されます。
東京での1年間を含むエスモードで学んだ一番大事なことは、すべて自分でやりぬくことです。パリに行って、本当によかったと思っています。
◆ 卒業後の活動を教えてください。
若手デザイナーにスポットをあてた国際的なファッションコンテスト「Dinard International Festival for Young Fashion Designers」でグランプリを受賞して、パリの展示会「Who’s NEXT」に出展させてもらいました。
卒業してからは、メゾンでの研修で、素晴らしいデザイナー、パタンナーとの出会いがありました。
一番初めは、エルメスのアトリエでインターンを半年経験したのですが、瞬間的に技術力の高さに驚きました。それは言葉に表せないくらい、縫製技術、パターン、カッティング技術がすごかった!衝撃でした。パリに来て本当に良かったと思えた瞬間です。わからないことはなんでも教えてもらいました。
クリストフ・ルメールがデザイナーの時だったのですが、彼のデザインも好きだったので、とても楽しみながら仕事ができました。

次にマルタン・マルジェラにスティリストとして入りました。
マルジェラはすでに引退していて、デザインチームが企画していたのですが、ここでも絵の雰囲気の作り方に衝撃を受けました。ランチタイムに道で拾ってくるものが変わっていて、果物が入れられていたビニール袋や、落ち葉、石ころなどある意味ゴミですよね。
カジュアルなものを適当に拾ってきて壁に貼っていって、インスピレーションを広げていたような感じです。
僕自身は、そのアイディアソースを元に立体に落とすことをしていました。

マルタン・マルジェラに入って3年半になるのですが、2年前にジョン・ガリアーノがクリエイティブディレクターになって、周りで働いている人たちのプロフェッショナルなスタッフからも刺激を受けています。
彼の目の前にあるのは、ものすごい数の写真とものすごい数のトワルがあります。フィッティングですべて決めていくのですが、僕は、フィッティングを担当しています。
◆ 2010年にエスモードに入った自分から、31歳の今の自分になんて声をかけたいですか?
運がよかったんだと思います。客観的に自分を見ると、とても頑張っているように見えます。怒られたことはないし、嫌な思いは一度もしたことがありません。とにかく仕事が楽しい!
僕は、今でも彼の纏う世界観に圧倒されるんですよね。カリスマとは、彼のことだと思います。時々ディオールのオートクチュールをユーチューブで見ますが、いまだに鳥肌が立つほど感動しますね。
将来、ジョン・ガリアーノと仕事しているよ!と叫びたいです。
◆ これからのビジョンを教えてください。
もっと勉強したいですね。オートクチュールの勉強をしたいです。
オートクチュールは、究極のものを作れるじゃないですか。
オートクチュールは、やっぱり一番楽しいです。
クチュリエになって、ジョン・ガリアーノのもとでずっと仕事をしていたいです!
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