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GRADUATE - 卒業生のご紹介
武内 昭 & 藤原 美和

THEATRE PRODUCTS

AKI TAKEUCHI&MIWA MORITA武内 昭 & 藤原 美和

■武内 昭
1976年、長崎県生まれ。デザイナー、京都造形芸術大学空間演出デザイン学科准教授。1998年、エスモード 東京校総合科を卒業。株式会社コム デ ギャルソンのパタンナーを経て2001年、デザイナー中西妙佳(2013年退任)、プロデューサー金森香と共に、「洋服があれば世界は劇場になる」をコンセプトとするブランド、THEATRE PRODUCTS(シアタープロダクツ)をスタート。

■森田 美和
1979年、神奈川県生まれ。デザイナー。2001年、エスモード 東京校総合科を卒業。2009年、THEATRE PRODUCTS入社。2011年秋冬期より ensemble THEATRE PRODUCTS(アンサンブル シアタープロダクツ)をスタートし、アクセサリーや小物のデザインを手がける。2013年秋冬期から、武内昭と共にTHEATRE PRODUCTSブランドのデザイナーを務める。

お二人によるシアタープロダクツは、まだはじまったばかりですね。
武内(以下T) 去年からです。
森田(以下F) ようやく3シーズンめですね。
お二人も、森田さんの前任の中西妙佳さんもエスモード出身ですが、偶然ですか。
T 学生のころから、3人ともお互いに知っていましたね。
F もともと知り合いで、中西さんは先輩でした。
社内に学閥があるとか?(笑)
T&F (笑)
T 意図してエスモード出身者で固めようと思ったことはないです。
エスモードで学んだ人への信頼はありますか。
T ブランドを立ち上げてから、多くの学生と接する中で客観的に感じるのは、エスモードの学生はモチベーションが高いということです。 将来ファッションの仕事に就くことへの覚悟がある。なぜだかわかりませんが、みんながそういう空気を持っていますね。
エスモードの良さはどこにあると思いますか。
T 個々の学生が大事にされている感じがします。
この学校の大きさが、ちょうど良いのかもしれませんね。全員に目が行き届いていて、ちょっと家族的というか。

F 私も、人見知りな面があって、大勢の人がいる場所が好きではないので、エスモードのサイズ感は自分にとても合っていました。 ただ、小さな学校なのに先生を捕まえるのは大変だったという印象があります。
教室でも席が決まっていなかったので、なるべく先生の前の席をとるために始発で登校したり……。
T 真面目過ぎる(笑)。
F 本当に、人生でいちばん頑張って駆け抜けた3年間でした。
そうとうモチベーションが高かったんですね。
まわりもみんなそうだったんです。当時は教科書がなくてプリントがその日に配布されたので、先生のいうことを一所懸命メモしないと追いつきませんでした。特に2年生のときにはジャケット制作という課題があって。
ジャケット制作に苦労された?
F 大変でした!
T 女性にはジャケットって、けっこう大変かもしれません。テーラードは、もともと女性が皮膚感覚で持っているものではないから。
F アイロンの操作ひとつとっても、先生の手の仕草まで全部見ておかないといけないというか。
そうした在学中の研鑽は卒業後の自信にもつながるでしょうね。
F そう思います。あれを通り抜けてきたんだから、と。
学生時代に学業以外で熱中したことはありますか。
T 僕は完全にファッションにはまっていたので(笑)、エスモードの課題だけではまだ足りないって感じで洋服ばかり作っていた3年間でした。課題以外の服を作っては先生に相談して。
F そっちこそ真面目……(笑)。
T そういってしまうと真面目っぽいかな(笑)。
森田さんも服作り以外には脇目もふらず、でしたか。
F 私は服をたくさん買ってましたね(笑)。新しいものをすぐに身につけ、いまの気持ちを洋服を通じて表現することが楽しみだった気がします。
服を作るようになる前から、着るものとして服はあったわけですよね。学生時代、服を作るようになって、意識が変わりましたか。
F 私は着たい服を作るって感じだったので、あまり変わりませんでした。

T 僕は洋服作りを仕事にしようなんてことも決めず、軽い気持ちでエスモードに入りました。それから3年のあいだに、徐々にファッションという表現手段が自分に向いていると気づいたんです。 だから学生時代は、洋服作りへの意識が芽生えたばかりという段階でしたね。
表現手段を探していたらファッションと出会った?
T デザインというものはもともと好きでした。高校の教科では数学や物理が得意だったんですが、それとデザインをどう結びつけたら良いか、ずっと考えていたんです。 美大系を目指す予備校仲間との会話の中でファッションに可能性を直感したことがありました。それでエスモードの夏期講座を受講したら、課題が立体裁断だったんですが、そのときに、「これ、いけるかも!」と。
森田さんはご実家が洋品店ということですが。
F だからファッションの世界に進むのは自然でしたね。物心つくころには、自分は服に囲まれて生きていくんだろうなと思っていたので、そこはブレませんでした。エスモードに入学した当初は、技術もないし、ある服を組み合わせてスタイルを完成させるのが楽しそうだという理由で、スタイリストになりたかったんです。そのつもりで入学相談室の人に相談したら、技術を学んでから方向性を決めれば良いといわれて。小さいころから製品として接していた服というものを、自分でゼロから作りはじめたらすごく大変で、なんて面倒くさいことをしなくちゃいけないんだと、はやばやとギブアップしそうになりました。ところが先生に線がきれいだといわれて。
できあがった服のラインですか。
F いえ、まだパターンを引いている段階なんですけど、それがもう、嬉しくて嬉しくて。そこから、少しずつ楽しく取り組めるようになりました。パターンを引くこの線が、実際の洋服のこの線に関わってくるんだと、目に見えて理解できるようになって。洋服作りの真髄に触れた瞬間でした。そういうことが、1年生のときと3年生のときにあって。くじけそうになったとき、神のように先生たちが私の線をほめてくれました。
そんなお二人が作るシアタープロダクツは、どんな服ですか。
T あたりまえですけど、着られる服、着やすい服、着たくなる服、その上で強さのある服を目指したいです。デザインをただ強く打ち出すだけならば、アヴァンギャルドな強い表現の服が完成しますが、それをふだん着られるところまで解釈し直して広がりを出したいです。そこまでやって、本当にデザインというものが持つ強さを生かせるというか。


F 私は、服が「作品」になってしまうのはいやなんです。アートみたいに扱われて、すぐに手にとって着られるような軽さを失ってしまった服は、本当に苦手です。見てすぐに袖を通したくなるような服を、ずっと作って行きたいですね。
シアタープロダクツには、常に新しいことに挑戦する東京発の先端的なブランドというイメージもあります。
服のデザインだけがブランドの表現ではありませんからね。服の届け方で新しい試みを打ち出すこともできます。だから、服のかたち以外の部分でも、服が作られる過程を見せたりと積極的に挑戦してきました。それもデザインの一部なんです。
2013年春夏のコレクション「THEATRE, yours (シアター, ユアーズ)」では、型紙を売るという試みをしましたね。
T あれも、アパレル業界内部ではかなりのアレルギー反応があったと思います。不思議なんですけど、型紙を売るとか生地のまま売るということに、強い拒絶感があって。とてもアヴァンギャルドな試みだったと自負しています(笑)。
「洋服があれば世界は劇場になる」というコンセプトはブランド立ち上げ以来のものですね。
T 洋服だけでなく洋服のまわりに起きる様々なことも提案するというスタイルが、シアタープロダクツをはじめた2001年ごろでは、とても新鮮だったと思います。だから、新しいことをやるブランドだと受け取られたのと同時になかなか理解もされなかった。でも、この十数年で理解してくれる人がすごく増えましたね。
時代がシアタープロダクツに追いついた?
T 僕たちが少し早く気づけたということですね。例えばAR(拡張現実)のように、すでに注目されている技術でもファッション業界では取り組みが遅れているものをいち早く取り入れて提案したり。時代状況がブランドにとって良い方向に変化していると感じています。
ファッションの未来に期待することはありますか。
F 独特の世界観を持った小さいお店が復活してくれたらいいと思いますね。雑誌に載っている情報を食い入るように見つめて、住所と地図を頼りに訪ねたくなるような。

T ファッションが、生活の中の喜びのひとつに入っている未来だといいですよね。お洒落さでファッションがSNSに負けてしまってはいけないんです。
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